「古典は本当に必要なのか」について

*直接リンクを貼れませんでしたので、ご興味のある方は、下記のタイトルでyou tube内で検索してご覧ください。

古典は本当に必要なのか 明星大学明星大学日本文化学科シンポジウム(20190114)


全体で3時間半ほどの長い動画ですので、簡単に説明します。

日本の高校の必修科目で古典(古文漢文)を教えることは必要かというテーマで、必要派と不要派の方がそれぞれの意見を述べ、両派でのディスカッション、聴衆からの質疑応答の様子を録画したものです。

不要派の主張をかいつまんで言いますと、

 「現代を生きるのに必要度の低い教養である古典を高校生に教えるのは即刻やめるべき」 

 「古文・漢文より国語リテラシー」  

すなわち、

高校生は他に学ぶ内容がたくさんあるので、古典に時間を割くのは無駄である。

古文の文法を暗記したりするより、論理的な現代文の文章を読んだり書いたりする練習や、ディベート力を身につける方がこれからの国際社会で役に立つ。

古典に興味のある子は大学で学べば良いので、高校では副読本を与えるだけ、あるいは紹介するだけで良い。

古典を知らないと一流ではないと言われるが、アインシュタインは学生時代にラテン語の試験に落第している。等々

不要派のパネリストは、理系の大学教授と東芝の研究員だった方で、どちらも理系の専門教育を受けその道に進まれた方です。話し方もそのプレゼンテーションの方法も、理論的で無駄がなく、妙に説得力があるように聞こえます。日本語でのディベートの力を見せつけられた感じです。

反対に、必要派のパネリストは、中世文学と近世文学が専門の大学教授の方で、それぞれの専門に即して高校で古典を学ぶ必要性を述べておられ、古典への熱い思いが伝わります。が、不要派への反論としては組み立ても内容も弱いし、これはちょっと苦しいかなと感じました。


海外での日本語継承語教育と関係があるの?と訝られるかもしれませんが、まるで継承語教育における漢字学習などの必要不要論みたいだなと思い、私はとても興味深く聞きました。

日本に住む人が日本の高校で学ぶ国語教育は、海外での日本語教育とは別物ですし、継承語教育が目指すものとも少し違います。けれども、国語教育のあり方に全く影響を受けないとは言えないですし、色々な立場の方の意見はとても勉強になりました。

継承語教育も、国語教育とは違うとは言え、限られた時間、人材、教材等々、様々な制約がある中で、何をどう教えるのが良いかの葛藤がありますし、また、海外にずっと住むのだから日本語はわからなくて良い、日本語を勉強する時間で英語を学んだ方が仕事で役に立つという不要派もいれば、使う時があるないではなく、日本のルーツを持つ子だから日本語もわかってほしいという必要派もいます。教育はある程度一定の質を担保する必要があるものだと思いますが、立場や境遇、考え方の違いでニーズも能力も均一ではありませんから、優先度も違い、本当に難しいと思います。

不要派が目指すべきではと言っておられる内容は、国語教育というよりは日本語教育を指しているように感じます。あくまでも、実際に使える、役に立つ、そして、仕事につながる日本語の力ですね。基本的に海外での日本語はまずここを目指しますから、国語教育と日本語教育の専門家の意見交換もいつか行なわれるともっと興味深いだろうと思いました。


この動画を文字起こししてくださっているサイトを見つけましたので、こちらの方が手早くざっと内容が分かりますので、参考に貼っておきます。前編と後編にわかれています。


こどもの にほんご

nipponica イタリア・ボローニャ 幼児からの継承日本語クラス